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中国最北端の村をめざして 4 極寒の屋外市場がもはや衛生不衛生とかいうレベルじゃない - 限りなく原汁に近いチャイナ
中国最北の街、漠河に朝がやってきた。
明け方の気温が一番寒いので、日の出でも見に散歩に行って寒さを体験しよう。
1月の上旬、朝の7時半くらいでこんな感じの明るさだ。「早餐」(朝食)のお店がもうもうと煙を上げている。
スリップしないように、車も最徐行で運転している。中国らしからぬソフトなブレーキワークが見られた。
街の西側にある高台、「北極星広場」へ登れば朝日が見られるかな。
めちゃくちゃ滑る階段を登ったところ。北国の夜がゆっくり開けようとしていた。
郊外にある発電所の煙が。そのまま雲となって留まっていた。一帶は完全なる無風状態。
宿を出て30分くらい歩きまわって写真を撮ったりしていたら、満タンにしていたはずの iphoneの電池が突然切れた。さっき見たときは60%くらいあったのに・・・。
寒さでバッテリーがやられてしまったらしい。
防寒もフル装備だったが、だんだんと寒さがキツくなってくる。足先がキンキンと痛くなってきて、鼻先、ほっぺ、アゴ先もしびれ始め、だんだんと感覚がなくなってくる。
薄い手袋もほとんど防寒の意味をなさなくなってきた。
さすがに我慢できなくなってきたので、宿へもどった。宿のご主人にスマホの電池が切れてしまった件を伝えてみると、
「なんのスマホ使ってるの?アップルでしょう。ああやっぱり。iphone7以前のモデルは極端に寒さに弱いから、この辺じゃダメだ、使い物にならない。こういうのだったら大丈夫なんだけどね」
そう言って華為のスマホを見せてくれた。
私の使っていたスマホはちょうど iphone7だった。寒冷地にはめっぽう弱いらしい。聞いてないよ、ジョブズさん!このさき数日は山歩きでもしようと思っているのに、これでは不便で仕方がない。
スマホの電池がなくなれば地図も見れないし、写真も撮れないし、お金の支払いもできない。
とりあえず部屋へ戻ってスマホを充電することにした。「暖気」がガンガンにかかっている部屋なので、何重にも着かさねた服をどんどん脱いで、半袖になる。こうしないと暑くてしょうがない。
ふとスマホを見ると、しれっと電池を回復して、また60%くらい電池があると表示されている。電池が切れても、温めれば回復するらしい。へー。
スマホを充電して、早餐のお店へおかゆを食べに行く。
朝食のあとは、宿の奥さんがお勧めしてくれたので、「大兴安岭五·六火灾纪念馆」を見学に行った。
1987年に発生した大規模な森林火災を取りあつかった記念館で、これはあとで記事にします。面積にして5600平方キロメートル、東京都と埼玉県を合わせたのと同じくらいの森林が、たったの二日間で焼失してしまった。死者は193人。
さて、ここからはまたバスに乗って、もっと北を目指さなくてはいけない。今いる漠河は中国最北端の「街」ではあるが、最北端の「地点」ではない。
こちらが漠河市の地図だが、市街地から「最北の村」まではまだ相当な距離があることがわかる。
よく中国最北の村としてもてはやされているのが「北極村」なのだが、あくまでも観光地として「中国最北」を売りに出している場所であり、村は実際の最北地点から数百キロ離れている。こちらは村の入場料が60元かかる。
そしてじつは北極村の東には「北紅村」という、北極村よりも北の小さな村がある。こちらはあまり知られていない。
日本語版のウィキペディアでは「中国最北の村は北極村」ということになっているので、とても紛らわしい。
緯度を見ると、北極村は北緯53度29分55秒、北紅村は北緯53度30分16秒なので、北紅村の方が600mほど北ということになる。(ちなみに本当の最北地点は北紅村の東側の北緯53度33分28秒地点、北紅村よりも4キロちょっと北になる)
漠河から北極村までは75キロ、1時間弱、北紅村までは130キロで2時間少々の距離。
有名観光地である北極村まではバスや乗合タクシーがバンバン出ているのだが、マイナーな北紅村までは2日に1往復しかバスがない。
観光客でにぎわう村よりも、できるだけ人の少ない、ひっそりとした村に行きたかった。人が少なそう、ということに賭けて、北紅村に行ってみることにした。中国では人の少ない場所を探すのがとっても難しい。
北紅村では、宿で食事をすると費用がかさむという声をネット上で見かけたので、予算が早くも尽きかけている私は、漠河のスーパーであらかじめ食料の備蓄をしておくことに決めた。
ロシア産の小麦粉。
東北人の子ども時代の思い出といえばこの瓶詰めフルーツなんだそうな。棚いっぱいにびっしりと並んだフルーツ瓶は確かに他の場所では見かけない。
1週間分の食料を買い込んだ。食パン1斤分くらいある大きなパンが安い安い。一袋100円くらいで買えた。
お昼になったので宿をチェックアウトして、漠河のバスターミナルに向かう(漠河公路客运站)。
この時期のバスは、偶数の日の14時発で値段は40元。季節によって変化するらしいので、あらかじめバスターミナルで聞いておくとよい。
待合室で座って待っていると、きびきびと動くおじさんがひとり入ってきて、「北紅村に行くのは誰や」と聞いてきた。
私ともうひとりの青年が椅子から立ち上がった。おじさんは私たちを見て、少し眉をひそめた。「2人か」。
「乗って乗って」と言われたので外へ出てみると、そこにはバスではなくてワゴン車が一台とまっていた。人が少ないのでバスは出さないみたい。
人が少ないとは言いつつも、ドライバーのおじさんを含めて村人が6人、私ども観光客が2人、それに加えて、村へ運び込む食料など大量の荷物がそこかしこに積みこまれているので、乗りこむとオシリ半個分のスペースしかなかった。
「しゅっぱーつ。うわ、道が滑るな」独り言の多い学生風の青年が私のとなりでブツブツとつぶやいている。
漠河ー北極村のバイパスを外れて、北紅村へ行く道に入る。
こんな辺鄙な場所の道路までしっかりと舗装されている。
トイレ休憩。ゆっくりと沈んでゆく北国の夕日。まるでそこで沈むのを躊躇しているみたい。
トイレ休憩中にドライバーのおじさんが話しかけてきた。
「宿はとれたの?」
じつは私は宿がとれていなかった。ネット上で安いユースホステルを予約したが、出発間際に「受け入れ拒否」の通知を受け取ったところで圏外になってしまったので、宿について考えるのをあきらめていたところだった。
「そうか。うちも泊まれるぞ。とれてないならうちに来ればいいさ。何泊くらいするつもりなの?」
「6泊くらいかなと」
「6泊?そんなに泊まるのか。ははは!じゃあ安くしとくよ。うちに泊まりなさい」
そうさせていただきます。
「うちはお土産屋とか、夜は烧烤(中国式BBQ)のお店もやってんだ」
オシリ半個分のスペースと、後ろに山積みになった食料の中からまるごと冷凍チキンが頭を脚で蹴ってくるのを我慢すること2時間半、ようやく村の入り口に到着した。
アムール川を挟んだすぐ向かい側がロシアなので、村の入り口には軍の施設がある。
一軒一軒、人を下ろし、荷物を下ろしていく。
村の人口は300人ちょっとだが、思ったよりもお宿やお土産屋さんが多い。数十軒はあるんじゃないか。
1泊40元という、わりと破格値で泊めていただく。
部屋に荷物をおいて、外へ出かける。
宿から数十メートルで、アムール川(黒龍江)のほとりに出る。向かい側に浮かび上がるのはロシアの領土。
宿に戻ると、おじさんがお茶を入れて待っていてくれた。
「食事はどうする?そこのメニューの中から好きなものを頼んで自分で食べてもいいし、俺たちと一緒に食べてもいいし」
宿のメニューはネット上に書いてあったように、確かに観光地価格でちょっと手が出ないお値段だったので、ご家族と一緒に食事をいただくことにした。何といっても、ここらへんの人たちが普段どんなものを食べているのか知ることができるというのは、またとない機会だった。買い込んだ食料で一週間粘るという決意はもろくも崩れ去り。
アツアツで運ばれてくる、東北家庭料理の数々。嬉しい!
白いのは「炒豆皮儿」という、硬めの湯葉みたいなやつを炒めたもの。
アルミホイルに入ったのは東北特産「粉丝」のBBQ焼き。こんな食べ方があるとは!
そして真ん中はきました定番「地三鮮」。前々回のブログでも紹介した。
右側は唐辛子をごま油に漬けたもの。辛いものが欲しいときにたまにつまむ。
そしてこのあたりでしか食べないという、黒めの小麦を使った手作りマントウ!香ばしい!
こうして暖かい食事と暖かい家族にかこまれて、中国最北の村でのバケーションが始まった。
以上。