広い中国には、無数の方言が存在しています。
日本語でいう「方言」や「なまり」というよりも、中国のそれはむしろそれぞれ別の言語であると言ったほうがいいのかもしれません。
それこそお互いに通じ合わない言語が全国各地に散らばっているのです。もしも現代のの標準語教育がなくなってしまったら、中国社会はたちまち立ち行かなくなるでしょう。
今回はその方言の中でも、世界言語と呼ぶにふさわしい、とある言語を取り上げてみたいと思います。
「福建語」って何さ?
みなさんは「福建語」という言葉を聞いたことがありますでしょうか?これは国際的にもよく使われている言葉で、英語では「Hokkien language」などとも呼ばれます。
ああそれって福建省の方言のことね、と納得されてしまうかもしれませんが、そんなに簡単な話ではありません。
福建省には大きく分けて5つの方言が分布しています。ここで中国の方言地図をご覧ください。
福建省の方言を、専門用語を使わずにざっくり分けると、福州方言、閩南方言、莆仙方言、客家方言、閩北方言に分けることができます。(他にも江西省との境界に江西方言が、浙江省との境界に浙江方言がある)。もちろんお互いの方言はそれぞれ通じません。
中国語の方言だけに限って言うと(つまり他の少数民族の言語を含めなければ)、福建省は中国で最も方言が複雑な省となっているのです。
それでは国際的な「福建語」という言い方はどの方言を指しているのでしょうか?
実は国際的には「閩南語」のことだけを、「福建語」と呼んでいるのです(一般的に言って)。どうしてなんでしょうか?
「閩南語」って何だね?
閩南語だけをもって福建を代表させてしまうとすると、閩南語を話さない他の地域の福建人がこぞって反対運動を起こしかねません。
でも、閩南語が福建省を代表するのにはそれなりに理由があるのです。
華僑です。
現在、世界中に6000万人もいると言われる華僑ですが、福建省は歴史的に広東省や浙江省南部とならぶ、華僑の一大輩出地でした。
なかでも福建省南部(閩南地域)の厦門、漳州、泉州、この3都市の出身者が、シンガポールやマレーシア、ブルネイ、インドネシアやフィリピンなどではかなりの割合を占めているのです。
これらの地域の華人社会では、現在でも閩南語が盛んに使用されています。そして彼らが自分たちの言語を指すとき、故郷への愛着をこめて?「福建語」と呼んでいるのです。
閩南語もまたひとつではない
ここで先ほどの方言地図から閩南語の部分だけを抜き出して見てみましょう。
地図上に赤い太線で示した区域が狭義の閩南語使用地域です。厦門、漳州、泉州の3都市がここに含まれています。
広義の閩南語では左下の潮汕方言や、海南島の一部の方言も含まれるのですが、これらの方言は福建南部の閩南語とは全く話が通じないので、ここでは除外しておきましょう(以前友人に頼んで会話してもらったことがあるのです)。
さて、閩南地域のほこる厦門、漳州、泉州の3都市を見てみましょう。実は、この3つの地域で話されている閩南語にも、明らかなちがいがあります。それぞれ50キロずつしか離れていない都市なのですが、これが中国なのです。
どれくらいちがうかというと、お互い話は通じるけれども、一部分の語彙が異なる上に、声調が全然ちがうので、しゃべっていて変な感じがしてしまうそうです。
感覚としては、標準語と大阪弁くらいのちがいがあるでしょうか。
泉州なまりはいちばん耳に優しく聞こえると言われています。私もそう思います。大学の閩南語の先生が言うには、全体的に高い音程で発声するからだそうです。
反対に漳州なまりは低く、あまりきれいに聞こえないとか(ネイティヴの若者すらあまりいい音ではない、と言います)。厦門はその中間で、漳州よりのなまりになります。
閩南語の研究では、この3都市のちがいをベースにして、それぞれの街ごとの方言についてもっと細かく調査していきます。
だば台湾語って何ちゃ?
ここで第3の呼び方が登場します。「台湾語」です。
台湾に行ったことのある方は聞いたことがあると思いますが、台湾の公用語は「国語」と呼ばれています。
これは、大陸の標準語である「普通話」と全く同じ言語です。つまり「台湾国語」=「大陸普通話」です。(イギリス英語とアメリカ英語くらいのちがいはある)
しかしどっこい、ややこしいことに、台湾の日常生活ではなんと「閩南語」もよく使用されているのです。家庭内でもしょっちゅう使われるし、テレビ番組でもたまに使われます。
これは国民党が台湾に逃げこむ前に台湾に居住していた漢人が、ほとんど閩南地域出身者だったことに由来します。
このとき話されていた閩南語が、ずっと廃れることなく使用され続けてきたんですね。
そして現在の台湾では、「閩南語」という呼び方よりも、「台語」という言い方のほうが一般的です。もう福建省を離れてしばらく経ちますから、「閩南」にこだわらなくてもよくなったんですね。これが私たちが言うところの「台湾語」のことなんです〜。
ビバ、閩南文化
福建南部から向かい側の台湾、そして東南アジア各地、ひいてはアメリカ東海岸まで世界中に散らばった閩南人たち。お互い共通の言語を持っているということは、共通の文化を持っているということ。
そこでここから先は、そんな閩南語にまつわるインターナショナル閩南小話を紹介していきます。話がどんどんマニアックになってきますわな。
1、閩南語映画
1949年に中華人民共和国が建国されて映画産業が復活すると、厦門を中心にして「厦語片」と呼ばれる閩南語映画が量産されるようになりました。市場はもちろん福建省南部だけに限りません。台湾にも、東南アジアにも売り出していきます。ですがしばらくすると普通話映画や香港の広東語映画などに押されて、衰退していきます。
2、閩南語音楽
閩南語映画があるなら、もちろん閩南語音楽もあります。中国には、福建省出身者に関わらず全国的に誰もが知っている閩南語の歌が一曲あります。1988年に発表された『愛拼才会贏』です。全国的に爆発的なヒットを記録したこの曲はまさしく中国の天下をとったのです。ある程度の年代の人だと、みんなカラオケで歌います。
また、台湾には日本の演歌の曲調で作った大量の閩南語楽曲があります。『津軽海峡冬景色』の閩南語カバーなんていうのまであります(これがなかなかの完成度)。
Youtubeで「閩南語楽曲」と検索すると、「精選閩南語楽曲100首」みたいな動画がたくさん出てくるので、興味のある方は聞いて見てはいかがでしょうか。
3、閩南語カラオケ
閩南語が話されている地域では、カラオケの言語選択画面を見てみると、「中文」「英語」「日語」のほかに、第四の言語として「閩南語」を選択することができます。閩南語のあるカラオケでは若い人でもあたり前のように閩南語の歌を歌います。
4、ついつい漏れてしまう閩南語
公式言語が「国語」である台湾。当然テレビ放送でもほとんどが「国語」を使用しているのですが、ニュース番組を見ていると時おり興奮したコメンテーターが思わず閩南語に切り替わってしまう瞬間があります。国語よりも閩南語のほうがネイティヴなんだなあ、というのがよくわかります。
また最近、『十二蓮花』というシンガポール映画を見たのですが、やはりここでも、登場人物が怒るときや、緊張した場面などで閩南語が飛び出してくるのです。見ていてとってもおもしろいです(大事な場面で聞き取れなくなるけれど)。
5、マニラの中華街で
次は閩南語を研究している先生の小話です。
ある日のこと、先生がマニラの中華街でタクシーを拾ったら、ドライバーさんがどうやら中華系の人だったそうな。そこで「普通話」であいさつしてみたけれど通じない。次に英語を話してみたけれど、今度も通じない。ならばと閩南語を話して見たらなんと通じた!というはなしです。
先生はフィリピン華僑の閩南語を研究するためにマニラへ行ったのでした。フィリピンには約100万人の華僑が住んでいるそうで、そのほとんどが閩南人なんだそうです。よっぽどうれしかったのか先生、何度もこの話を聞かせてくれました。
6、インドネシア、スマトラ島の閩南人
私の仲のいい友人、お嬢がスマトラ島へ旅行に行ったときのこと。
「メダンという華僑が多い街に着いたので、ようやく中国語を話せるかと思ったら、誰にも話が通じないの!!」というメッセージが送られてきました。みんな閩南語しかわからないんだそうです。同じ中華人どうしであるにも関わらず、お嬢は仕方なく英語でコミュニケーションをとるしかありませんでした。
そしてその当時、私のルームメイトは偶然にもメダン出身の泉州華僑でした。彼にとっての母語は閩南語。閩南語の次に学校でインドネシア語を習得し、大陸普通話を勉強したのは大学に入ってから。そのせいか、普通話の会話はまだ少したどたどしいところがあります。
興味深いことに、彼は厦門の閩南語を完全に理解することができるのですが、彼の地元のメダン閩南語をスムーズに聞き取れる閩南人が全然いないのです。3代前に泉州からインドネシアに移住したということなので、それなりに言語が変化してきているんでしょうね。
以上です!
今回はかなりマニアックな記事になってしまいましたが、閩南語は私のちょっとした専門分野でもあるので、張り切って書いてみました。
気に入っていただければ嬉しいです。
過去にもいくつか中国の方言について記事を書いていますので、もし興味があったらご覧ください。
りんく ↓↓