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「宿泊代は無料でいいよ」中国農村の素朴さとグーグルの限界 太行山脈とたわむれ記 3 - しぼりたてチャイナ
まる2日間、歩きに歩いて、ようやく太行山脈の渓谷を下りて河南省にやってきたまではいいものの、出てきたところが観光景観区の真っ只中で、門番のおじさんに
「お前チケット買ってないだろ」
とにらみをきかされてしまったところからの続きです。
いや別にここの観光地を見に来たわけじゃないんだし、通り抜けるだけだし、また新しくチケット買わされるなんて馬鹿げてるよ。
山を下りてきたところにたまたま観光地があるだけじゃないか。
どうやら門番のおじさんにマークされてしまったみたいで、さっきからずーっと見られている。
もう顔を覚えられてしまったので、スキをついてそろりと抜け出ることもできなそうだな。
なんて考えていたら、突然ナンパされてしまった。
「1人で来てるの? だったら一緒に遊ぼうよ」
おばちゃんたちに。
ふり返ると、 ひとりのおばちゃんがチョイチョイと手招きをしていた。
おばちゃんは10人くらいのグループで遊びに来ていたらしく、水辺でみんなきゃっきゃ遊んでいた。
わたしも知らない人にはできるだけついていくことにしているので、おばちゃんグループに混ぜてもらうことにする。
「みんな見て、ひとりで遊びに来てる男の子ひろっちゃった。一緒に遊んでもいいよね?」
「どっから来たの? あら、日本から来たんだ」
「私の息子がね、日本語勉強したいっていうんだけど先生になってくれない?」
「ウィーチャット交換しようよ」
「それよりもあっちにイカダがあるからみんなで乗りにいかない?一緒に乗る?」
「私たちもう出航するよ、もう1人乗れるから、ほらあんた乗って乗って」
とにかくパワフルで元気いっぱいな中国のおばちゃんたち。あれよあれよと言う間にイカダに乗せられてしまった。
「あっち行ってみようよ!何かあるかもしれない」
「ぶつかるぶつかる!みんなしっかり漕いで!」
「落ちないように気をつけて!」
「歌うたおうよ!」
キャーキャーいいながら川の中ほどまで漕ぎ出したイカダの上で、突如アカペラ歌合戦が始まった。懐かしの歌謡曲といったところか、「紅歌」と呼ばれる当時の革命曲や、懐かしのテレビドラマのテーマ曲『好汉歌』などをみんなで大合唱する。
「私たちの世代だとね、こういう曲が懐かしいのよ」
となりのおばちゃんがわたしに説明する。
イカダの上で歌を歌ったり、他グループのイカダとレースをしたり、小一時間ほどたっぷり遊んだあと、そろそろ昼食をとるために宿に戻ろうかしら、という雰囲気になった。
「あなたもいっしょにご飯食べましょ。もともと人数多いんだし、1人くらい増えてもいいのよ。食事が済んだら、ついでに車で新郷の駅まで送っていってあげる!」
こうしておばちゃんたちにまぎれることで、観光地のゲートも無事に通過して、
駐車場から車に乗せてもらい、30分ほど走って一行が宿泊していたお宿に到着。
中庭に机を並べて、お宿が用意した大皿の料理を、わたしは控えめにいただく。
食事のあとは、ハイテンションなおばちゃんたちと記念撮影。そしてハイテンションなまま車に乗り込んで、帰路につきます。
いろいろ話をする中でわかってきたのは、このグループの中には小学校の英語の先生や、数学の先生や、校長先生などがいるということ。
それでは今回は先生たちのグループで遊びに来ているのかと思ったら、そういうわけでもないらしい。
なんの集まりなのか訊いてみると、なんとサプリメント会社の集まりだった。
「国珍」という、中国国内で全国展開しているサプリメント会社だという。
この会社ではそれぞれの販売員が自分の知り合いに商品を売り込むことができる。こうして売上が出ると、一定割合の収入を得ることができるんだとか。
やればそれなりの収入になるので、みんな副業としてやっているんだそうな。
あれ?なんかちょっと怪しい?
収入以外に、そのサプリメントの効果もすごいらしい。
わたしのとなりに座っていたおばちゃんはおもむろに小さなプラスチックケースを取り出して、わたしに見せてくれた。細かく仕切られたケースの中には、何種類ものカラフルな錠剤が詰め込まれていた。
「実はわたし、普段はこのサプリメントだけで生活しているの。これが納豆エキスを凝縮したサプリメント。食べてみて」
「君は中国にしか生えていない**マツの花粉がすごい身体にいいって聞いたことないかい? 宇宙飛行士の栄養補給としても使われ始めてるんだ」
「マツの花粉に含まれているそれぞれの栄養素の比率が、人体が必要とする栄養素のバランスとほとんど同じなんだ」
「央視(中国中央テレビ)でも紹介されたことあるんだから」
結局、車の中で1時間ほどこの会社の主力商品「松花粉」について集中講義を受けることになってしまった。
「そうだ、この子、直接駅まで送っていくんじゃなくて、会社に連れて行って商品を見てもらったらどう? 私たち最近お店を改修したばかりなの」
となりのおばちゃんが突然ひらめいたように言い出す。
「でも、この子さっきからあんまり反応ないみたいだけど・・・。そんなに興味ないんじゃないかしら?」
みんなから「先生」と呼ばれているおばちゃんが付け加える。
「いや・・・そういうわけでもないですよ」
わたしはぎゅうぎゅうの車内で体勢がきついのと車酔いのせいで、発言が少なくなっていた。
そんなこんなで、流れのままに、新郷市街の一角にある「国珍」の店舗まで連れて行ってもらうことになった。
お店に着くと、わたしと同い年くらいの青年が待っていてくれた。中年の店長もやってきて、お茶を入れてくれる。
わたしってそんなにすごいお客さんなのかな? なんて気分になってくる。
ひととおり身の上ばなしをしたあと、店長が会議室でとある実験をやって見せてくれた。
中国で売られているミネラルウォーターの二大巨頭である、青いラベルの「康师傅」と赤いラベルの「农夫山泉」。
一般的な商店では、「康师傅」が1元、「农夫山泉」が2元で売られているので、わたしはいつも無意識に安い方の「康师傅」を購入して飲んでいた。
ここに酸性かアルカリ性かを測るBTB溶液をたらして、色の変化を見る。
「これ理科の実験で使ったことあるだろ?」
と店長。
ありますあります。
こんなところにも日中共通の話題があるとは。
そしてペットボトルにBTB溶液をたらした結果、青いラベルの「康师傅」は弱酸性を示す黄緑色に、赤いラベルの「农夫山泉」は弱アルカリ性を示す青色に色が変化した。
「なぜ康师傅のほうが安いのか、それは中に保存料が入っているからだ。保存料が入っているから、もともとは弱アルカリ性のはずのミネラルウォーターが弱酸性になってしまっているんだ」
たしかに、ボトルの原材料名なんて今まで注意してみたことなかったけれど、よく見たら青の康师傅のほうには保存料が記載されていて、赤の农夫山泉には記載されていない。
へえ。知らなかった。
「人間の身体というのは弱酸性なんだ。そこで酸性の水ばかり飲んでいたら身体全体のバランスが崩れてしまう。桶装水(ウォーターサーバー)の水も保存料が入っているから酸性だね」
「そこで我が社の松花粉を投入するんだ」
ここで出てきたマツの花粉。
先ほどの青の康师傅に花粉を投入するとあら不思議、それまで酸性を示していたミネラルウォーターがアルカリ性を示す青色に変化。
はは〜ん。
実験はそれだけでは終わらなかった。
店長はどこからか医者が処方してくる錠剤を持ってきた。これをスプーンに乗せてライターであぶる。しばらくすると、真っ黒でグジュグジュになってきた。
「こんなのは化学薬品の塊だから、こんなに汚い燃え方をするんだ。見ろ、ねちょねちょでスプーンから取れなくなった」
そこで「我が社」で売り出しているサプリメントを燃やすと・・・。砂糖を燃やした時のように茶色く焦げていく。
「これが100パーセント自然由来のサプリメントの燃え方だ」
だそうです。
実験が終わると、店長はきれいな棚に並べられた商品を1つ1つ手にとって説明してくれた。サプリメントだけではなくて、石鹸やシャンプー、安心素材のタオルなんかも販売していた。
「今までの中国は安ければ何でもいいという時代だったけれど、これからはどんどん多くの人が品質や安全、健康を求める時代になってくる。現にいまはすでにこうした需要がしっかりあるからね」
こんな貧乏小僧ひとりのためにここまで時間をとって説明してくれる店長のその心意気に少し感動してしまった。
おまけに街まで車で送ってきてもらって、こんなに接待してもらって、さらにこのあとは晩御飯まで一緒に食べようと言ってくれているのだ。
別に決して販売ありきの好意ではない。買うか?とは一度も言われなかった。あくまでも「日本でこういうの売れるかなあ」という感じで商品の説明や会社の取り組みについて教えてくれるだけだ。
サプリメントの効果云々は関係なく、ここは何か買って帰るのが義理だろう。
ということで、ひととおりの説明を聞き終わったあとで、松花粉1ヶ月分を100元ほどで購入した。
あとになって大学の友人に聞いてみたら、その友人も以前試しに飲んでいた時期があったらしい。
効果を聞いてみると、体調がよくなったような気がするし、いつも通りのような気もする。
実際に飲んでみたわたしの感想も全く同じである。何となく調子がいいような気がする、かもしれない程度である。
まあ、サプリメントなんてみんなそんなもんだ。
松花粉の箱にもでっかく「本品は医薬品ではありません。医薬品の代わりに疾病を治療することはできません」と書かれているし。
お店から出て、みんなで歩いて「烧烤」(シャオカオ、中国BBQ)の露天に晩飯を食べに行った。
おばちゃんたちは早々と帰ってしまったけれど、この青年とは意気投合して夜までしっかり話し込んでしまった。
以上です。