11月に入りました。
一波、また一波と押し寄せる寒波によって、中国の秋はぐんぐんと深まっていきます。
北京の最低気温が間も無く氷点下を割ろうというこの時期に、中国北部の人々は毎年やってくる「あるもの」を待ちわびて、ワクワクそわそわし始めます。
公式の発表では、北京では今年も例年通り、11月15日にやってくるそうです。
これがなきゃ、冬は越せない
11月15日にやってくる「あるもの」とは、公共の暖房設備「暖気」のことです。
中国北部の屋内では、いたるところで上の写真のようなヒダヒダの金属の物体を見かけることができます。中国語では「暖気片」と呼ばれるこの設備、春から秋にかけてはほぼ何の役にも立たない金属塊でしかありません。
しかしひとたび冬がやってくると、全市街の「暖気」は一斉稼働します。都市部の地下に張り巡らされたパイプを通して各家庭に熱水を供給し始めます。お店や教室、仕事場や駅など、あらゆる場所に設置された「暖気」は、中国北部の人々が冬越しするための基本装備なのです。
暖気が街にやってきた
こんなちっこいもので氷点下の気温に対抗できるの?と思う方もいるかもしれません。確かに、私が当時住んでいた30m2ほどの部屋にもコイツが1つあるだけで、11月に入って気温が下がり始めた当初は何とも頼りなげに思えたものです。
11月も中旬になり、部屋の中がもう寒くて寒くてやってられん、とみんなが凍え始めるころ、正式に「暖気」の供給が始まります。待ちに待ったXデーの到来。しかしその当日や、さらに翌日になっても、部屋の気温に何ら変化が起こるわけではありません。相変わらず部屋の中でもダウンを着たまま。白い息を吐きながら「暖気片」を撫でてみても冷たいまま。
壊れてんのかな?早くぬくぬくしたいよう。と1週間ほどたったころ、何だか部屋が暖かいことに気がつきます。恐る恐るダウンを脱いでみると、あれ、寒くない。というか、すごくあったかい。さらに数日が経過すると、どんどん室温が上昇して、むしろ暑くなってきます。長袖も脱ぎ捨てると、半袖半ズボンがちょうどいいくらいの室温になっています。
氷点下の凍てつく大地から部屋へと駆け込み、暖かく優しい空気に包まれながら一枚一枚服を脱ぎ捨てていく。あの快感がいま、何とも懐かしいです。
冬場の風物詩
「暖気」の副次的なメリットとして、洗濯物を乾かすのがとっても便利になることが挙げられます。極度に乾燥した30度近い室温の中で洗濯物を干すと、数時間で乾くから爽快です。
乾きにくい靴下はお決まりとして、「暖気片」の上に行儀よく揃えて並べて乾かします。「烤袜子」(靴下を焼く)はもはや中国北部の冬場の季語と言っても過言ではないでしょう。
もちろん、「暖気片」の上で靴下が燃えてしまうような心配はありません。長く触っているとちょっと熱いくらいなので、50度くらいしかなのではないでしょうか。そこまで熱いわけではないので、目玉焼きを焼くとか、焼肉をしたりとかはできません。
そして鬼のような寒さの中国南部
この寒さをしのぐお宝グッズ「暖気」ですが、実は中国全土で供給されているわけではありません。農村部を除いてほぼ全域で暖気が整備されている中国北部に対して、中国南方には非情にも暖気がありません。中国南部だったら冬はそんなに寒くないんじゃないの?いえいえ、南部でも普通に雪が降ります。とっても寒いです。2016年には緯度的に与那国島よりも南にある広州ですら降雪が観測されたほどです。
調べてみると、中国のあらゆる文化的特性を分割する淮河ー秦嶺山脈ラインが、ここでもやはり暖気のあるなしを分ける分割線のようです。淮河を挟んでまさに天国と地獄を分かつ、薄情な分割線です。
しかも四川盆地や江南地区などの長江一帯では寒さに加えて湿気があるので、寒さの質が北方とは全く異なるのです。中国北部ではいくら寒くても服を着込めばそれなりに暖かく過ごすことができるのですが、長江一帯の湿度のある寒さのもとでは何枚服を着込んでもジメジメとした冷気が隙間から入り込んできます。骨を突き刺すような寒さとはあのことです。
洗濯物に関して言うともう悲惨の一言です。以前に重慶で友人宅に泊めてもらった時、服を洗濯してベランダに干していたのですが、4日経っても全く乾く気配がありません。そんなに早く乾くわけないじゃん、と友人ママに笑われてしまいました。
この友人曰く、彼の通った高校の教室にも暖房設備がなく、毎冬毎冬霜焼けした手をさすりながら勉強していたそうです。中国北部の大学へ入ってから初めて暖気のありがたみを知ったそうです。