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パトロール隊「ここはヒョウが出るから野宿しないでね」太行山脈とたわむれ記 2 - しぼりたてチャイナ
森の中で出くわしたパトロール隊のお姉さんいわく、ここの山ではヒョウが出るらしい。
日本で山に入る時の習慣からか、山の中にどんな動物が出るかなんてそこまで気にしたことなかった。
だって日本ではヒョウとかコブラとかサソリとか気にする必要がないんだもの。無意識のうちにそれって動物園の動物でしょうと思い込んでいたけれど、そうかここはユーラシア大陸だもんね。
まあいいか。ヒョウが出るなら出るで、もし出会えたらラッキーだ。
道に立ち止まってパトロール隊の一向と少しおしゃべりした。でも体力を消耗して遅れて歩いている新人がなかなか来ないので、先に行ってていいよ、と言われた。
では、お先に失礼します。
さっきまでずっと急傾斜を登ってきたが、今度は地形がなだらかになってきた。きっと、2段めのテーブルマウンテンの上まで登って来たのだろう。
しばらく歩いて、午後4時頃にようやく舗装された農道に出た。さきほどお昼ご飯を食べた抱犊村から、渓谷をさかのぼること4時間あまり歩いた。
目指す村、马武寨はどっちの方角だろう。わたしは渓谷の中で道を間違えたので、自分が今どこにいるのか少し検討がつかない。
レンガを運んでいるおじさんを見つけたので道を聞いて見ると、農道を右のほうにずっと歩いていけば村にたどりつくという。でもここからあと7キロくらいあるらしい。ひょえー。
農道を突っ走って行くことにした。
沈んでゆく夕日を背にしてひた走る。
走ったり歩いたりを繰り返すこと1時間弱。
ようやく目当ての村、马武寨が見えてきた。
马武寨の「寨」という字がこれまた良い。これは少数民族の多い中国西南部の貴州省や雲南省などで多い地名なのだけれど、山西省にもあるとは。
「寨」とは「砦」の別字体で、日本語でいうと「城塞」みたいなニュアンス。
このあたりは春秋戦国時代から戦乱の絶えない土地なので、避難してきた民衆たちがこういう山奥に半要塞のような村を作っていたとしてもおかしくはない。
てくてくと村に入っていく。
土地の低いところにはとうもろこし畑が。道端に生えている木々には、まだ青いサンザシの実がたわわにぶら下がっていた。
私が予約した农家乐(農村のお宿)は、村を突っ切った一番はしの方にあった。
わたしがついたとき、宿のご夫婦もちょうど畑仕事が終わって帰って来たところだった。
農具を担いでやってきた夫婦は、私が1人なのを見てちょっとびっくりしたみたい。
なんで1人できたの?だって。
母屋とは別に増設された、お客さん用の個部屋に案内してもらった。
部屋の中は改修したばかりなのででとてもきれい。
荷物を置いたあと軽く村を散策した。
小さな小学校がひとつと、50戸くらいの農家。 到着した時間も遅かったので、夕暮れ時のからっと涼しい風が村を吹きぬけている。
ふと見ると、道端のコンクリートの隙間にハッパが生えている。ど根性ハッパだ。
中国では相当厳しく取り締まっているはずだけれど大丈夫なのかな。
お宿に帰るとすぐにご飯。
「特別なものは何もないけれど、何が食べたい?」と聞かれたので、
特別なものはいらないので、こちらでいつも食べているものを作ってください、
と頼む。
中庭に設置されたかまどでしばらくしゅわしゅわと炒めもの音がしたあと、お皿が3つ出てきた。
それぞれ、饼、土豆丝、玉米粥。
うんうん、この素朴さ。大満足です。
「饼」は日本でいう餅とは違って、小麦の生地を伸ばして焼いたもの。ちょうどチヂミの皮がこれにあたる。中国北方では広く食べられている主食級の食べ物。
「土豆丝」は細く切ったじゃがいもを炒めたもの。中国の家庭料理の定番中の定番です。
「玉米粥」とはとうもろこしのおかゆ。この辺では朝でも夜でもしょっちゅう食べるらしい。
今になって気がついたけれど、3つとも全部炭水化物やね。
しかもそのうち2品はアメリカ大陸原産のお野菜じゃ。
奥さんが中庭に小さなテーブルと椅子を並べてくれた。
夕暮れ時のそよ風に吹かれながら、熱々の晩ご飯をパクパクと食べ始める私。
夫婦もおかゆを盛って食べ始めた。
私に付き添って一緒に食べてくれるらしい。「ひとりで食べてたらさみしいでしょう」だって。こういう細かい気づかいがうれしい。
でも、わたしと同じテーブルには座ろうとしない。2人ともその辺の丸太の上に座って食事している。
私は見ていてなんだか申し訳がなくなってきて、「こっちに来て食べたらどうですか」と声をかけてみた。けれども、「いつもこうやって食べてるからいいんだよ」とのこと。
その時のわたしは、「そんなもんなのかな」くらいにしか思わなかった。
でも実はこれ、最近になってから知ったことなのだけれど、
中国はこれだけ面積が広いので、全国各地にはいろいろな食習慣があって、
ここ山西省や陝西省のあたりにも独特の食文化がある。
そのうちのひとつが、この「食事の時に椅子に座らない」という独特な習慣。
陝西人は食事のときに、お椀を持ったまま部屋の隅っこでしゃがんだまま食事をする習性があるんだとか。他の場所からやってきた人たちがこれを初めて見るとびっくりしてしまうため、ネット上では陝西8大ミステリーのひとつとして数えられているらしい。
山西省と陝西省の北部は言語的にも文化的にもとなり同士でかなり接近しているので、わたしがこのとき遭遇したのもおそらくこれではないかなと思う。
おもしろいね。
中年の夫婦2人は素朴な笑顔をたたえている。でも恥ずかしがり屋なのか口数が少なく、ぽつりぽつりと会話する。
私も私で恥ずかしがり屋なので、比較的静かな夕食だった。
ここの村は標高が1200mくらいある。蒸し暑い下界とは違って、からっと涼しい風が本当に心地よかった。
DAY3
今回の山行では、もともとは山脈の南側の河南省側から、山脈の北側にある山西省に抜けて行ければいいなという行程を考えていたのだけれど、昨日ご夫婦から聞いたところではこの村には近くの街まで通じているバスが一台もなく、一番近くの国道まで行くにしても数十キロの距離があるということなので、
わたしは予定を変更して、来た道とは別の渓谷をつたって下山して、もういちど河南省側に降りて旅を終了することにした。
ルートを地図上に表すとこんな感じ。
ご覧の通り、马武寨から北のほうへ行くにはまだ相当な距離があるので、もういちど河南省側に下ってから帰ることにした。
問題は、山を下りて公道に出ても、最寄りのバス停までは40キロもの距離があること。
山を下りたところで運良くヒッチハイクとかできたらいいなあ。そんなことを考えながら朝食をいただいた。
朝食は饼と玉米粥と韭菜炒鸡蛋。
この素朴さ。大満足です。
そして荷物をまとめて、さあお金を清算して出発しようという段になった。
そういえば、昨日からお金の話なんか一切してなかった。一泊いくらするんだろう。
そこでわたしは奥さんに、宿泊代はいくらか聞いてみた。すると奥さんは申し訳なさそうにこう言った、
「宿泊代は今度来たときでいいよ。あなたまだ学生だし、ひとりでここまで来るのも大変だったでしょう。また今度、友だちを何人か連れて遊びにおいでよ」
ええ、そんなことってあるのかい。
わたしは考え込んでしまった。
ここは無理にでも払うべきなのか、それともこの好意を受け止めるべきなのか。
このへんは国や文化によって微妙に判断が分かれてくるところかもしれない。
中東の方では人の好意をお金で清算してチャラにしてしまうのはむしろ失礼だというし、(なぜここで中東?)
払うべきなのか、払わないべきなのか。
きっと直接払っても受け取ってもらえないだろうから、ベットにお金を残しておこうか?それだとなんだかぶっきらぼうかな。
もともとひとりで山歩きをする寂しさとか微塵もなかったのに、奥さんにこうやって言われてしまうと、なんだか悲壮的になってしまうから不思議ね。
食事を終えて旦那さんに下山道の入り口まで送って行ってもらう。
旦那さんはゴツゴツした手のひらで固い握手を交わしてくれた。
「また秋になったら遊びにおいで。今は何にもない季節だけど、秋は収穫の季節。いろいろな野菜もたくさん摂れるし、サンザシも熟れるからもっと楽しいよ。今度は友だちをたくさん連れておいで」
稜線の上に立って、数え切れないくらい連なった山々を見下ろす。澄みわたった涼しい風が吹いて来て、北アルプスの稜線上にいるような空気感がある。
また来ます。马武寨。
旦那さんと分かれて、いざ山下りがスタート。
途中、道のいいところは走って下りて、ガンガンと標高を落として行く。
山を下るにつれて、上の方からは見えなかった太行山脈の太行山脈らしい岩肌が姿を現してきた。
誰にも出くわさないまま山を駆けおりること2時間近く。膝がぷるぷる震え始めたところでついに谷底の河原まで下りてきた。
また地鶏。
やっぱり太行山脈は裏切らない。いつでもわたしたちにとんでもない地形を見せてくれる。
まるで巨大な溝のようにえぐれた谷底を、南の方へとずっと歩いてゆく。
航空写真を見ると、溝がS字状にどこまでもクネっているのがわかる。
いったい全部で何クネ歩いたのかわからない。
両側がほぼ垂直に100m〜200m切れ落ちた渓谷である。太行山脈全般に言えることだが、グーグルマップではこのあたりの地形が全然表現されていないので、わたしとしてはとっても悲しい。
谷底を1時間半くらい歩いたところで、河原に廃屋や打ち捨てられた車が出現。だんだんと人間の痕跡が見え始める。
釣り堀をすぎたところで、この渓谷の出口についた。
前日に入山した場所と同じように、こちらの場所も景観区として観光地化された公園になっていた。家族連れやおばちゃんのグループなど、水辺で遊ぶ人たちでえらく賑わっている。
みんなまさか山の奥の方から人間がひとり下りてくるとは思わんだろうに。はっはっは。
そのまま歩いていって景観区のゲートを通過しようとしたところで、あろうことか警備のおじさんに呼び止められてしまった。
「あんた、ここのチケットは買ったのか?見せてくれない?」
あー、えーと。
ここの景観区の裏山から下りてきたばかりなので、まさかチケットなどを持っているわけもなく、、、
ここから、出られなくなってしまった。
続く