前回記事:
中国南部、広西壮族自治区中部にあるポコポコ山岳地帯に囲まれた都安瑶族自治县で腹ごしらえをすませた私は、現在発見されている地下河川の中で中国国内最長と言われているある河川を見に行くことにした。
雑誌『中国国家地理』によると、この河川、現在探査済みである地下部分の総距離はなんと241kmもあるらしい。北上川が丸ごと地下に潜っているのと同じだけの距離である。
こうした巨大地下河川が形成される理由は、中国西南部に横たわる広大な石灰岩地帯、「中国西南カルスト地帯」である。石灰岩というのは水に非常に溶けやすいため、降った雨水や河川の水がすぐに地面に染み込んでしまう。そして染み込んだ水が地下にある石灰岩を溶解しながら、ぽっかり開いた鍾乳洞や地下河川を形成するということなのだ。
雑誌にはこの他にも、付近の村々に伝わるという恐ろしい「カルスト怪奇現象」がいろいろと紹介されていた。
村で農夫の大切に飼っていた牛が、ある日突然、放牧中に姿を消してしまった。農夫は心を痛めて付近を探し回ったが一向に見つからない。しかし数日後、かなり離れた村から知らせが入った。牛が一頭突然姿を現した、という。農夫が行って見てみると、その牛はやはり自分の失踪した牛だったという。
ある村の付近に大きな池があった。周辺の村人がしょっちゅう利用していた池だったが、ある日突然大きな音を立てて水が一滴も残らず消失してしまった。途方に暮れてしまった村人たちだったが、数日後また見てみると、池の水が元どおりの水位にまで回復していたという。特に大雨が降ったわけでもないのに、だ。
具体的な詳しい原因は紹介されていないが、雑誌によると、この地域ではあちらこちらに地下河川の入り口がボコボコと空いているため、失踪した牛はその入り口の1つから地下へ潜り込み、洞窟を自分で歩いたか、水に流されたかして下流の村にある洞口から出てきたのだろう、ということである。
池については、なんらかの理由で池の底の石灰岩に穴が開いて、水が全て流れ出てしまったのであろう。そして数日後、またなんらかの理由で地下河川の経路が変わり、穴が塞がれたか何かで池に水が戻ってきたのだろう、という。
予想のつかない気まぐれな自然のいたずら。カルストらしい神秘的なエピソードである。
さて、この巨大地下河川であるが、私が今いる都安瑶族自治县のちょうど西側を流れているようである。
雑誌に掲載されている簡単な地図によると、この巨大な地下河川は、地図左上の地苏乡から右下に向かって流れている。途中で地下に潜りつつ最終的に画面下側に流れる全長2200kmの大河である「紅水河」へ流れ込んでいるらしい。
航空写真からなんとなく河の流れている様子が見てとれる。赤い矢印の付近で河の流れが見えなくなっているが、おそらくこの付近から水が地下に潜っているのであろう。
しかし川水が地下に潜ったあと、右へいくのか左へいくのか、わからない。紅水河との合流地点には、両方ともそれらしきくぼみがある。
この地下河川の流出口はぜひとも見ておきたいと思っていたので、上に行くか下に行くかで少し迷った。しかし結局下の方へ行くことに決めた。
決定打となったのは、下側の流出口と思しきくぼみのすぐそばにある「天窓」のような水である。いかにも地下河川が流れていそうな感じがする。
結論からいえば、結局こちらへ行って巨大河川の出口を見ることができたのだが、今こうして地図を見返してみると、おそらく向こうの上側にも同じように流出口があるのではないかという気がしてくる。
早く出発しよう。
もともとは地下河川の流出口付近の村まで、バスに乗って行こうと考えていたのだが、百度で検索してもバス路線が出てこないし、バスターミナルの窓口で聞いてみてもあのあたりの村の名前を知っている人がまるでいない。つっけんどんに応対されて気分が悪くなっていたら、優しい青年がどこへ行こうとしてるの?と声をかけてきてくれたが、結局彼も知らない、とお手上げだった。
もう一度地図を見てみると、流出口から少し行ったところに小さなリゾートテーマパークがあることがわかった。バスターミナルの外で何人かの人に聞いてみたら、テーマパーク行きのバスが出ている場所を知ってるよ、というおばちゃんに出会うことができた。親切にもバス乗り場まではおばちゃんがバイクに乗っけて行ってくれるという。お金はとるけど。
「何しにそんなところまで行くのさ?」
「地下河川を見に行きたいんです」
「地下河川?地下河川はそっちじゃなくて地苏でしょう。方向が間違っているよ。地苏までだったら乗っけてってあげようか?」
「いいんです。僕はテーマパークの方に行きたいんで」
事前にネットで調べていたので、地苏がジオパークとして観光開発されていることは知っていた。入場料もとるだろう。おそらく地理に関する教育施設なんかもあるのだと思う。
このおばちゃんは、その後も私の認識違いを正そうと躍起になって「あっちには地下河川なんてない」を繰り返した。私は、河川なんだからどこへ行って見たって同じ河川でしょうが、と言いたくて仕方なかった。
そういえば、福建省で閩江の上流付近に行ったときにも、車に乗っけてくれたお姉さんに「あともう少し行けば閩江だから、ちょっと見に行けませんかね?」と聞いたときに、「閩江は福州のものでしょう。何言ってんの。ここに閩江があるなんて、変なの」と言われたのを思い出した。
わかりやすく例えて言えば、江戸川区で荒川を見たいんですが、と言ったときに、「荒川は荒川区に行かないと見られないでしょうが」と言われるような虚しさである。
河に対する点での認識と、面での認識という比較では面白いかもしれない。そのためか、中国の河は同じ一本の河でも流域によって名前がころころ変わるところがある。
早く出発しよう。
おばちゃんにバス停で下ろしてもらって、5元支払った。その後おばちゃんはバス乗り場で待っている人たちに、地元の言葉を使ってここがテーマパーク行きのバス乗り場かどうかを確認してくれた。1時間くらい待てばバス来るってさ、そう言い残しておばちゃんは走り去った。
しかし私はこの1時間が待てなかった。突然のことだったが、地下河川に沿って歩いて行って、じっくりとカルスト地形を堪能してみたいと思った。せっかく朝早起きしたのに、今はもうお昼近くなっているのである。さらに1時間待たなくてはいけないのは、少し辛かった。
そこで私はバスを待たずに、歩いてそちらまで行ってみることにした。地図上で見てみると、20キロいかないくらいの距離である。私はそのときは40キロくらい歩ける「気持ち」はあったので、その辺で十分な水と昼食代わりのパイナップルを購入して、すぐさま歩き始めた。
ようやく出発することができた。
高速道路沿いの一本道をひたすらに歩いてゆく。背景はどこまでいってもポコポコ山である。もう2日目になるが、まだまだ見飽きることがない。この辺りが大石灰岩地帯であることを静かに物語っている。
途中ジオパーク行きの看板を見つけたがスルーする。
時は清明節。本当にいたるところで花火が上がり、爆竹が鳴らされ、音が鳴り止むタイミングが全くないほどである。
中国農村部では、一族のお墓が畑の中や山の斜面に築かれていることが多い。道端でいくつもお墓を見かけてスマホで写真にも撮ったが、人のお墓を勝手に晒すのもどうかと思うのでここにはあげないでおく。
しかし本当にそこらじゅうお墓だらけだ。清明節でお墓の上に飾りをつけたり旗を立てたり花火をあげたりするからお墓がより一層目に入る。
途中で、高速道路の向こうに洞窟の入り口らしきものを発見。ちょうど近くに高速道路をくぐるトンネルがあったので、見に行ってみることにした。
藪の中に続く道は案の定、いくつかの立派なお墓に通じていた。そのお墓の脇を通って洞窟の入り口まで登ってみると、そこにも骨壷などのお墓グッズが散乱していた(骨壷は空だった)。これだけお墓が多いってことは、それだけ昔から人が住んでいるってことなのかな。
洞口の入り口を10メートルほど下ると、水が溜まっているのに出くわした。やっぱり洞窟だった。奥からは水の流れる音が聞こえてくる。
引き続き一本道をテクテク歩く。
衛星写真で見て、河の水が突然消失しているように見えるポイントを目指して歩き、高速道路沿いの道から河に対して何度かアプローチを試みる。
毒蛇に出くわさないか怖い。
地面がばっくり割れている。
背後からゴーッという滝のような水の音が聞こえていたので、その方向へ進んでみると、、
見つけた!
流れ落ちた水がそのまま消えてる!
すごく不思議な光景だ。なんだかちょっと滑稽な感じもするけれど。
さっきと比べて水の量がだいぶ減っているので、ここ以外にも落下ポイントがあるのだと思う。
いやー、面白い光景だなー。と30分くらい見とれてしまった。
近くにはあろうことか、牛の頭蓋骨が転がっていた。
続く