中国生活3年目のしぼりたてです。
以前、中華料理は実は「八大料理」なのだ、という記事を書きました。中国では、どこの街へ行ってもまだまだ知られざる名物料理がたくさん隠されています。
もしも日本の地方都市のように、中国でも地元の特産品アピールがうまくできれば、そのコンテンツ潜在力は計り知れないものがあるのではないかと思うのですが。
今回はそんな中華料理の中でも、日本でもかなり知名度の高い「火鍋」(フオグオ)について取り上げます。
火鍋・・・
私は中国で生活していて、どんなものが出てきても抵抗なく美味しく食べられる方なのですが、じつはこの火鍋だけは未だに、何がそこまで美味しいのかよくわからないでいます。
しかし中国人(特に若者)は基本的にみんな火鍋が大好きです。
日本に留学していた子が、日本の料理は味付けが「薄すぎる」から、中国に帰ったら一食目は絶対に火鍋を食べる!と言うことも。
また、ある日友達同士で、「今日は打ち上げで火鍋を食べに行くぞー」「おおーっ、いいね!」なんて盛り上がられても、私としてはひどく温度差を感じてしまうのです。
何がそんなにうまいのか本当によくわからない。
火鍋の本場、重慶の友人にいたっては、「経済的に大丈夫なら1週間連続で火鍋でも全然余裕!」などと世にも恐ろしいことを口走っています。あとになってちゃっかりこんなことも漏らしています「そういえば親戚で本当に1週間食べ続けた人がいたけど、そのあとで入院しちゃったの。胃に穴が開いたんだって。」、、、!!
火鍋は辛いし脂っこいし、場合によっては塩辛いし、不健康極まりない食べ物なのです。
本場重慶に行って食べてきた
火鍋は人気料理なので、いくつもの全国チェーンが全国展開しています。
しかし本場コテコテの火鍋を食べたいなら、四川に行かなければ。
そこで、先ほどの友人を頼って、行ってきました重慶。
重慶市内にて、友人のお父さんに連れて行ってもらったお店がこちら。
重慶北駅から地下鉄で一駅の龙头寺というところにある「火鍋一条街」(火鍋ストリート)に連れて行ってもらいました。ここでは店という店がすべて火鍋店です。アウトサイドで火鍋るスタイルですね。
このときはまだお昼前の時間帯だったので、お客さんがあまりいなくて閑散としていましたが、夜になるととても賑やかになるそうです。
ネット上で見つけた写真。
お店を選んでから席に着くと、友人とお父さんが重慶語で相談を始めました。いろいろと勝手に注文してくれたようです。
お鍋の辛さは「微辣」にしたそうです。いわく「重慶の”微辣”は他の場所でいう”特辣”だから、初めてならこのくらいがちょうどいいか」とのこと。
そうこうしているうちに、店員さんが赤い油でいっぱいになった大鍋を持ってきて机の穴にはめこんでくれます。そしてなにやら飲み物の缶を配り始めます。
ドリンクサービスなのかな?何の飲み物なんだろう、と思っていると、友人とそのお父さんの2人がぱかっと缶を開けるのが見えました。飲むのかな、と思っていたら、おもむろに自分のお椀に流し込み始めます。
なるほどなるほど、火鍋のタレなんだな、とガッテンして、私もパカッと開けてエイッとお椀に流し込みます。
透明なとろとろした液体が出てきました。これはいったい何味のタレだろうと思って空き缶の脇の原材料を見てみると、衝撃的な文字が。
「配料:芝麻油」
油だけやん。
そうなのです。重慶の火鍋は、鍋に入れた具をごま油につけて食べるのです。
つまりこういうことになります。赤く煮えたぎる大鍋の大量の油の中で食材をしゃぶしゃぶして油まみれにしたあと、お椀まで持ってきてまたごま油の中に浸して、さらに油まみれにしてから口に運ぶのです。
幸いなことに選択肢はごま油だけではありませんでした。店内には調味料コーナーがあって、ニンニク、パクチーや、塩や砂糖や各種唐辛子など、十数種類の調味料を自分で好みの味にブレンドすることができます。この辺は全国の火鍋スタンダードと同じですな。
しかし父子2人はやはり重慶人、調味料は取りに行ったものの、始終ごま油メインで通していました。
ヒーヒー辛い辛い、と汗を流しながら、注文した食材をすべて食べ終えましたが、
なんでしょうか、満腹感があまりありません。
主食を食べていないからでしょうか。一般的に火鍋のときは主食は食べないものですが。(たまに麺を入れる)
油に浸した野菜と、肉とをひたすら食べ続けていたので、胃の中にはねっとりと、そして辛い感じが残っています。
さっきまで煮えくりかえっていた大鍋の赤い牛油も、今は静かな池のようです。こんなに鍋いっぱいの牛油、使い終わったら捨てちゃうんでしょうか?
そのあと油のせいなのか辛さのせいなのか、数日間お腹がゆるくなり、トイレに何度も駆け込むことになりました。
火鍋のれきし
いったい誰がこんな油まみれの料理を思いついたんでしょうか。
そこで火鍋の歴史について調べてみました。(中国語では鍋物全般のことも「火鍋」というので、ここでは四川火鍋について調べた *)
四川火鍋のふるさとは、19世紀末の重慶でした。四川省の中心地である成都ではないことに注意してください。
古くから四川の盆地には肥沃な土地が広がっていて、中国西南部の一大人口密集地帯でした。八方すべての方角を山で囲まれているために敵国の襲撃を受けにくく、長期王朝と長期王朝のあいだに中国が大分裂した時代には、この土地には独立政権がよく誕生しました。(三国時代の劉備の蜀国などが有名)
しかし、敵の襲撃を受けにくい山に囲まれた地形というのは、逆にいえば交通の不便な地形ということになります。そのため、長いあいだ船運が主な交通手段、物資の輸送手段となっていました。
そんな四川盆地を縦横に駆け巡る、嘉陵江という大河があります。この嘉陵江と、遠く上海までつながっている長江とが出会うその場所がいまの重慶で、物流の中心地として繁栄し始めます。
当時の重慶には「船夫」や「纤夫」という職業の人々がたくさんいました。
前者は文字通り船乗り、後者は船を人力で引っ張る労働者です。
嘉陵江を合わせた長江は、重慶の下流で間もなく全長200キロ近くに及ぶ大渓谷、あの有名な三峡に入ります。人や荷物を乗せた船は、この三峡を通して四川省を行き来していました。下流へ下るときには流れに任せて進んでいけばいいのですが、逆に上流に向かう時には川岸にいる人間がロープで船を引っ張って川を遡っていたのです。
聞くだけでも恐ろしい仕事ですね。 イザベラ・バードの『中国奥地紀行』の中にもこの纤夫の描写があります。
その彼ら労働者が、疲れきった身体で重慶の港に上がってきて食事をとるのです。より安く、より手っ取り早く空腹を満たしてエネルギー補給をするために考え出されたのが、火鍋の起源だといいます。
その当初は安上がりだった牛などの内臓をしゃぶしゃぶにして食べていたようです。たしかに現在でも、毛肚(牛の胃)などは火鍋に欠かせない食材のひとつとなっていますね。
重慶火鍋と成都火鍋
さて、もともとは重慶発祥の火鍋ですが、現在では成都にも成都火鍋が存在しています。それに対して重慶には重慶火鍋があります。
友人曰く、重慶の街にはなんと成都火鍋の店は存在しないんだそうです。店を出しても誰も食べに来ないんだとか。
他の場所の中国人なら普段はそんなに気にしないであろうこのふたつの都市の火鍋ですが、いったいどういう違いがあるのでしょうか。
重慶火鍋
- 鍋のもと:牛油でこってりと。麻辣味
- 鍋のかたち:9つに区切ることが多い
- タレ:植物油にニンニクなど
成都火鍋
これを見ると、重慶の方が味がヘビーで、より肉体労働者向けの味付けなのかもしれません。重慶火鍋で鍋を9つに区切るのは、昔まるまるひとつの鍋を頼むお金がなかった労働者たちが考え出した、シェア鍋の方法の名残だとか。
おまけ
こちらは私の重慶の友人が語ってくれた、なぜ”重慶は火鍋を必要としたのか”についての解説です。
重慶は四川盆地の端、長江と嘉陵江というふたつの大河が交わるところに位置していて、一年を通してとても湿度が高いため、夏は異常に蒸し暑く、冬は骨に食い入るように寒い。夏は涼を取るために辛いものを食べて無理やり汗を出し、冬も暖を取るために辛いものを食べるのだ。
ということです。
以上になります!
今回ご紹介したのは、成都と重慶のコテコテ地元味の火鍋でした。
パンダと火鍋を目当てに成都に行く観光客の方が非常に多いですが、とにかく脂っこいあの火鍋が大好き!という日本人はなかなかいないのでは。。
しかし冒頭で話した、火鍋のうまさがよくわからないというのは、あくまでも私の個人的な感想であって、もしかするとどっぷり四川火鍋にはまってしまう方もいるのかもしれません。
中国の各都市で展開している大衆向け火鍋の全国チェーン、「海底捞」や「季季红」などのチェーン店も若者のあいだでは大人気です。こういった大衆向けのお店では激辛鍋はもちろんのこと、海鮮鍋からあっさりしたきのこ汁の鍋まで、いろいろな選択肢が用意されています。
中国にくることがあったらぜひいろいろ試してみてくださいね。
* 広東省にも「潮汕火鍋」という料理があります。こちらのお店も全国各地に出店していてそれなりの人気があります。「潮汕」とは潮州と汕頭という都市の名前です。潮汕火鍋は唐辛子を使わず、牛ベースのあっさり鍋汁にブリブリの牛肉をしゃぶしゃぶして食べます。シメにプヨプヨの麺「粿条」(グオテャオ)を入れます。もし火鍋の看板を見かけたら、どこの土地の火鍋か見てみるといいでしょう。
* 重慶の読み方について。日本語では”じゅうけい”と読んでいるが、重慶の”重”は”重複”の”重”であって、何かが重いことを表しているわけではない。”慶ばしいことが複数ある”状態を言っているのである。中国語では重いほうの”重”と、重複の”重”で意味によって発音を使い分けているので、それにならって日本語でも”ちょうけい”などと読んでみたらどうだろうか。”じゅうけい”だと何かすごく重そうな感じを受けるが、”ちょうけい”の方がより重慶のらしさが出るような気がする。